「クリッピングは悪いもの」
そう思っていませんか?
実は、「良いクリッピング」と「悪いクリッピング」があります。
さらに、
- サチュレーション
- ソフトクリップ
- ハードクリップ
- リミッター
これらはすべて密接に関係しています。
この記事では数学的な仕組みも交えながら、クリッピングの本質を解説します。
目次
クリッピングとは
クリッピングとは「信号が扱える最大レベルを超えた部分を切り落とす処理」です。

なぜクリッピングが起こるのか
デジタルの世界では0 dBFSが絶対的な上限です。
例えば「+2 dB、+3 dB、+5 dB」になろうとしても0 dB以上は記録できません。
そのため、0dBを超えた分の信号に関しては切り捨てられます。
これがクリッピングが起こる理由です。
数学的にはどうなっている?
元の信号をxとすると出力yはy=min(max(x,-1),1)になります。
つまり、どんなに大きな信号が来ても、それを-1〜1の範囲に強制的に収めるよ!という処理になっているわけですね。
これがハードクリッピングです。
なぜ音が歪むのか
波形の角が急になるほど高周波成分が大量に発生します。
つまり、「急な変化→倍音増加→歪み」につながるというわけです。
これを大学数学で習うフーリエ解析の考え方で説明すると、「滑らかな波形ほど高周波が少なく、四角形に近づくほど高次倍音が大量に増える」と言えます。
デジタルクリッピングとアナログクリッピング
デジタルクリッピング(Digital Clipping)
デジタルオーディオでは、扱える最大レベルが0 dBFS(decibels Full Scale)と決まっているという話は冒頭にもお伝えしたかと思います。
これを超える値は記録できないため、上限を超えた部分は強制的に切り捨てられます。
この現象をデジタルクリッピングと呼びます。
波形が急に切られるため波形に角ができます。そして、この角は大量の高次倍音を発生させます。
その結果「ジャリジャリ、バリバリ、耳に痛い、不自然」という歪みになってしまうわけですね。
アナログクリッピング(Analog Clipping)
アナログ回路には、真空管、トランジスタ、トランス、テープなどがあります。
これらは限界に近づいても急には止まりません。少しずつ信号を増幅できなくなっていくんです。
つまり、波形が入ってきても完全にすっぱり切り落とすことはなく、頂点が丸くなっていきます。
これがアナログクリッピングです。
| 項目 | デジタルクリッピング | アナログクリッピング |
| 発生原因 | 0 dBFSを超える | 回路の飽和 |
| 波形 | 急に切れる | 徐々に丸くなる |
| 数学モデル | 区分関数(ハードクリップ) | tanh・atanなどの非線形関数 |
| 倍音 | 高次倍音が多い | 低次倍音が中心 |
| 音質 | 硬く鋭い | 暖かく自然 |
| 用途 | 通常は避ける | 音色作りに積極的に活用 |

ハードクリップとソフトクリップ
ハードクリップとソフトクリップはほぼ「デジタルクリッピングとアナログクリッピングの言い換え」です。再三の説明になってしまうかもしれませんが、一応書いておきます。
どちらも「信号のピークを制限する」という目的は同じですが、波形をどのように制限するかが大きく異なります。この違いによって、倍音の発生量や音質が大きく変わります。
ハードクリップ(Hard Clipping)
ハードクリップは、「一定のしきい値(Threshold)を超えた瞬間に、波形を完全に切り落とす処理」です。
つまり、上限を超えたら全部同じ値になります。
フーリエ級数で考えると、元がサイン波なら1倍音のみですが、ハードクリップすると3倍音、5倍音、7倍音、9倍音という高次倍音が大量に追加されます。
クリップが強くなるほど波形は矩形波(四角い波)に近づきます。矩形波のフーリエ級数は4π(sinx+3sin3x+5sin5x+⋯)となって、奇数倍音が無限に含まれることがわかります。
ハードクリップは、一般的に「非常に硬い、エッジがある、ジャリジャリ、アタック感が強い、攻撃的」という印象を与える音になると言われることが多いです。
ロック、メタル、EDMなどにはうってつけですね!
ソフトクリップ(Soft Clipping)
ソフトクリップではしきい値付近から徐々に圧縮されます。
つまり、急に切るのではなく少しずつ飽和(サチュレーション)していくということです。
数学的な代表例はy=tanh(x)(双曲線関数)です。このグラフはS字型になります。
特徴は入力が大きくなるほど出力の増加量が少なくなることです。
例えば、下記の表のようになっていきます。
| 入力 | 出力 |
| 0 | 0 |
| 0.5 | 0.462 |
| 1 | 0.762 |
| 2 | 0.964 |
| 5 | 0.999 |
ハードクリップとソフトクリップを比較すると以下の表のような感じになります。
| 項目 | ハードクリップ | ソフトクリップ |
| 波形 | しきい値で急に切る | 徐々に丸める |
| 数学モデル | 区分関数(飽和関数) | tanh、atan、シグモイドなど |
| 倍音 | 高次倍音が多い | 低次倍音中心、高次倍音は少ない |
| 音質 | 硬い・鋭い・攻撃的 | 暖かい・滑らか・自然 |
| ダイナミクス | 急激に制限 | 緩やかに圧縮 |
| 主な用途 | ピーク処理・音圧向上 | 音色付け・サチュレーション |

サチュレーションとの違い
サチュレーションはソフトクリッピングを利用して倍音を追加しています。
つまり、「サチュレーション=ソフトクリッピング+倍音生成」と考えると良いと思います。
リミッターとの違い
リミッターは閾値を超えないように事前に音量を下げる処理です。
クリッピングは超えた後に切る処理です。
そのため、同じ音圧でもリミッターの方が自然になります。
クリッパープラグインとは
最近のマスタリングではリミッターの前にクリッパーを入れることがあります。
理由は「ピークだけを削れる、リミッターの負担を減らせる、音圧を上げやすい」からです。
実際には「Clipper→Limiter」という順番がよく使われます。
よくある質問
Q:クリッピングは絶対に悪いの?
A:そういうわけではありません。意図しないデジタルクリッピングは避けるべきですが、クリッパーやサチュレーションを使った意図的なクリッピングは、現代の音楽制作では一般的なテクニックです。
Q:クリッパーとリミッターはどちらを使うべき?
A:役割が異なります。音質を保ちながらピークを制御したいならリミッター、ピークを積極的に削って音圧を稼ぎたいならクリッパーが適しています。多くのプロは両方を組み合わせています。
Q:デジタルクリッピングは必ず歪む?
A:歪みます。0 dBFSを超えた信号は切り落とされるため歪みが発生します。意図しないクリッピングは基本的に避けるべきです。
まとめ
この記事の内容をまとめると、
- クリッピングとは、信号の上限を超えた部分を切り落とす処理
- デジタルクリッピングは急激な切り落としにより、不自然な歪みが生じやすい
- アナログクリッピングは緩やかに飽和するため、自然な倍音を付加できる
- サチュレーションはソフトクリッピングを利用した音作りの技術
- マスタリングでは「クリッパー → リミッター」の組み合わせがよく用いられる
ということですね!
クリッパーは現代制作において結構使い所が多いプラグインの一つです。これをうまく使えるかどうかで、現代的な音像を作れるかどうかが決まるかもしれませんね。私も修行中ですので、一緒に身につけていきましょう!

